みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『君が手にするはずだった黄金について』 小川 哲

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。彼らはどこまで嘘をついているのか? いや、噓を物語にする「僕」は、彼らと一体何が違うというのか?

【感想】

就職活動中、エントリーシートを書くことに失敗した僕(小川哲)は小説を書くことに...というプロローグが、まず引き込まれる。僕の考察が独特でまた面白い。

「三月十日」が好きなお話で、東日本大震災当日の記憶の詳細は誰もが記憶をしているが、前日の記憶は曖昧。前日の記憶を探る僕。平凡な一日を過ごしていた自分を真剣に探るという行為に惹かれたのです笑。確実に存在していたその日の記憶を忘れる。忘却という作用は生きる上でとても重要な役割だと思う。忘却作業と同時に記憶の改ざんという自分に都合の良い処理をするので、過去の記憶は曖昧に変化してしまう。忘却ってご都合主義にも使われるし..笑。わたしの三月十日の記憶は...。

表題作は投資講座や会員向けの有料ブログで儲けた人気のトレーダーの嘘が暴かれ、SNSで炎上した詐欺師(元同級生)の話。悲しい話で、才能という黄金を手にしたい男の哀れな末路とSNSの恐ろしさにため息が出てしまう。余談ですが、炎上について...SNSに書き込む言葉は本当に自分の言葉(思想)としてどのくらい存在してるのか...過激な言葉が日々垂れ流されていて、目にするだけで疲労感が伴う。浅い情報(知識)だけで発信される言葉たち。武器に使われる言葉たち。言葉たちに病んでしまう人たち...と、なんだか疲れます(愚痴ってすみません)。。話を戻すと、元同級生から小説家の僕は「お前の仕事は才能がないとできない」と言われ、「作家はむしろなんの才能もない人間のために存在する職業だ」と答える。小川さんは小説家には社会に進むことができない「人としての欠損」が必要で、たまたま小説をたくさん読んでいたから、書けそうだなと選んだ職業と仰いますが、物語を描くこと、受賞作品を生み出すこと。凡人のわたし(特に読書を好む人間)にとっては素晴らしい才能だと認識したうえで、作家さんのこういう捉え方もあるのかと、面白いなと思うのです。

6つの短編を読み終え、プロローグのエントリーシートの書き方に悩む僕に指針をする恋人の言葉を振り返る。

「エントリーシートに小説を書けばいいのです。就職活動はフィクションです。あなたはフィクションの登場人物です。話が面白ければ別に嘘でもいいのです。真実を書こうとする必要はありません。」

この作品はどこまでが著者の事実でどこからがフィクションなのか。主人公の小説家を自分自身にすることで、より小説家に迫っていくって面白い発想。哲学的で難解なところもありますが、引き込まれていくのは著者の知的な文章と魅力的な思考だと思う。独特な考察をする著者の着眼点も興味深い。ユーモアもあり、真面目さもあり、めんどくささもありで小川哲さんという人物の入門書のよう。とても面白かった。