みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『忘れられた巨人』 カズオ イシグロ

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

老夫婦は、遠い地で暮らす息子に会うため、長年暮らした村を後にする。若い戦士、鬼に襲われた少年、老騎士……さまざまな人々に出会いながら、雨が降る荒れ野を渡り、森を抜け、謎の霧に満ちた大地を旅するふたりを待つものとは...。

【感想】

鬼や妖精、人間が共存している濃い霧に覆われた地・ブリテン島。小さな村の外縁に住む老夫婦。アクセルと妻のベアトリスはある日、息子が暮らす地へ旅をすると決意します。旅路は不穏な出来事の連続で、悪鬼に連れ去られた少年、鬼退治をする若き戦士、アーサー王時代に竜退治を命じられた老騎士と様々な出会いから、壮大な旅に変貌していくのです。そして、この島では忘却との闘いがあります。人間は記憶を維持できずに、時が経つと記憶が薄れていく不思議な現象が起こります。老夫婦も忘却に常に悩まされています。最愛の息子を思い出すことができない老夫婦はお互いの記憶の断片を繋ぎ合わせながら、旅の難関を乗り越えていきます。旅路で得た情報では雌竜クエリグが吐く息が忘却の霧なのでは?老夫婦はなんと!竜退治に!すごい展開!記憶を取り戻せるのならば!と竜の眠る山頂をめがけ、荒れ果てた地を旅する。かなりヨボヨボなベアトリス..大丈夫?とアクセルと一緒にハラハラ。

鬼退治や竜との闘いなど冒険物語ですが、スリルや白熱の闘いシーンはそこそこで、物語はとてもゆるやかに進み、愛情深い老夫婦はお互いを労わり、慈しみ、片時も離れずそばで寄り添いながら旅をします。旅の道中、少しずつ思い出されていく記憶には悲しみも...記憶を全て取り戻した時にお互いの愛が変わらないか、どのような苦しみが二人に隠されているのか...老夫婦に残された時間はあとわずか。記憶が封印されていた頃の幸せな二人のまま穏やかに暮らすこともできたけど、息子の記憶を失くした罪悪感、封印された辛い過去を取り戻したいという強い気持ち。共感します。老夫婦の自分探求の旅にわたしも寄り添いながら一緒に旅をしている気持ちになりました。そして、もう一つの忘れられた記憶。竜を倒した後は、老夫婦の小さな記憶の他に平和な世界を揺るがしかねない膨大な記憶が解放されてしまいます。戦争が残した辛い記憶。憎悪が溢れかえり巻き起こるのは..破滅か。現実で起きている戦争を考えるとやるせなさや恐怖が広がります。

忘れたい記憶もあるけど、その記憶も自分を生成する素材でもあるので...なんとも難しい。忘却の必要性..「記憶」への向き合い方..そんなことが問われる作品でした。ラストの解釈もそれぞれでしょうね。わたしの解釈は..ネタバレしちゃうので、読んだ人とお話してみたい。面白くて夢中になりました。かなり良かったです。今年の暫定マイベストです。