みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『文身』 岩井 圭也

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

好色で、酒好きで、暴力癖のある作家・須賀庸一。業界での評判はすこぶる悪いが、それでも依頼が絶えなかったのは、その作品がすべて“私小説”だと宣言されていたからだ。他人の人生をのぞき見する興奮とゴシップ誌的な話題も手伝い、小説は純文学と呼ばれる分野で異例の売れ行きを示していた…。ついには、最後の文士と呼ばれるまでになった庸一、しかしその執筆活動には驚くべき秘密が隠されていた。
【感想】
作家・須賀庸一の葬儀から物語は始まる。須賀庸一から喪主を頼まれた一人娘・明日美は母の死を境に父とは絶縁状態だった。須賀庸一の代表作「深海の巣」は妻の殺害という衝撃の内容で私小説としては異例の売れ行きとなり、「最後の文士」と称えられる父のことをこの世で最も憎んでいる。葬儀から数日が経ち、明日美の元に荷物が届く。中身は、原稿用紙400枚。「文身」と大きく書かれたタイトルの横に癖のある字で「須賀庸一」と書かれている。父の書いた小説なのか?そこには驚くべき内容が描かれていた。庸一の弟・堅次が描く「菅洋市」という傍若無人で破天荒な作家を追体験していた告白が綴られていた。文才のある弟が物語を書き、主人公を演じる兄。「私小説」とは作者が経験した事柄を元に書かれた小説。兄弟は私小説のために、経験した事柄ではなく、小説の内容を経験するという手段を取った。弟の描く波乱な人生を演じていかなければならないほど才能に恵まれなかった兄。現実が虚構に侵食されていく。なんて生き辛い人生なんだろう。
明日美のように「須賀庸一」が編んだ文字列の海に飛び込んでから、先が気になり、眠いのに、眠いのに(真夜中...読むタイミングに要注意)、寝ないで最後まで一気に読み切った。ラスト一行(手で隠して最後まで読まないようにした)の衝撃の余韻に浸り、眠れなくなった。