みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『家庭用安心坑夫』 小砂川 チト

 

おすすめ ★★★☆☆

【内容紹介】

日本橋三越の柱に、幼いころ実家に貼ったシールがあるのを見つけたところから物語は始まる。狂気と現実世界が互いに浸食し合い、新人らしからぬ圧倒的筆致とスピード感で我々を思わぬところへ運んでいく。

【感想】

日本橋三越でシールを見つけた直後、アナウンスで呼び出しをされる小波(サナミ)。恐怖が襲い、その場から必死に逃げる。その後、小波は父・尾去沢ツトムの姿を何度か見かける。父との思い出といえば、母と一緒に行った実家秋田にある廃鉱山のテーマパーク。母から数ある炭鉱の作業を再現する坑夫のマネキンの一つが小波の父であり、訪れるのは「お墓参り」だと言われて育つ。父のような..父ではないような..曖昧な記憶の中で存在する父が東京の小波の前に現れたことは何か意味があるのではないかと..秋田の実家に戻り、テーマパークに訪れる。

小波のただならぬ恐怖心、狂気の疾走感が怖い。小波の恐怖の根源が父のようで..実家や亡き母のようなのだが、何もかもが不透明で..恐怖心をさらに煽る小波の夫の言動。温厚な夫が小波が実家に帰ることに怒りをぶつける様子から父と小波の関係性には良からぬものが想像できる...秋田の地では狂気がさらに増していく。ただならぬ恐怖心がまとわりつくのだが全てが不透明で..狂気だけが明確に存在していて...じわじわと不気味さが迫ってくる..。東京ではマネキンの「尾去沢ツトム」は小波の前で生きた人間として現れることで「尾去沢ツトム」の存在が不確か..秋田では「尾去沢ツトム」とおぼしきマネキンが本当に父なのかどうか不確か..東京に帰る頃には小波は「尾去沢ツトム」の顔を思い出せず、小波の夫の顔も不確かに...。小波は自身の人生までも不確かなものを感じ、誰かの人生を借りてしまったかのように、見えていた景色が見覚えがなくなり、他人の人生とすり替えられてしまったような...。最後に父との苦い記憶が明確に蘇り、絶望感を苛まれる小波。。最後まで怖い。恐ろしい。忘れたい記憶を不確かに生きているのも、幸せな事なんだと思いました。

帯の町田康さんの「絶望的成長小説である」が、ラストは心にスッと入ってきます。新人作家さんのデビュー作。これからが気になる作家さんです。