みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『残月記』小田 雅久仁

 

残月記

残月記

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おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

近未来の日本、悪名高き独裁政治下。
世を震撼させている感染症「月昂」に冒された男の宿命と、その傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二作収録。
「月」をモチーフに、著者の底知れぬ想像力が構築した異世界。
足を踏み入れたら最後、イメージの渦に吞み込まれ、もう現実には戻れない。

【感想】

3編それぞれ趣が違いますが、「月」の多大なる影響で異界に足を踏み入れてしまう不思議で怖くて幻想的なお話でした。

 

「そして月がふりかえる」家族とレストランで食事をしていた大槻高志は、席を外した際、月が裏返るの見てしまう。席に戻ると世界は一転していた。幸せな人生が裏返り...。

(怖い。前触れもなく、ある瞬間から他人と入れ替わってしまう。自分という証明を明らかにできず、家族からはただの不審者扱い。悪夢だよ。こんな超常現象が身に起きたら...じわりじわりと追い込まれていきそう。)

「月景色」この石を枕の下に入れて眠ると月に行ける。そう言い残した亡き叔母の見た世界は...。

(「石を枕の下に入れて眠ると月に行けるけど、絶対やっちゃだめよ。物凄い悪夢を見るから」って、言われたら..怖いけど気になるよね。夢と現実の世界。同じ夢に行き来できるようになると、どちらも現実となるんだろうな。夢と現実..その境界線だろうと守りたい存在がいると、生命力は漲っていく。ラストは意外に疾走感ありでした。)

「残月記」月昂という不治の感染病を発症した者は療養所という名の収容施設に連れていかれ、命尽きるまで出ることが許されない。月昂者は満月の夜になると身体能力が向上し、生命力が高まるが短命。権力者のみが観戦できる闘技場で身体能力が有能な月昂者同士が闘う競技が秘かに行われている。

(世界を脅かす感染病...近未来の日本...感染者隔離...人権無視...独裁政治...表題作はコロナ禍以前に書かれたそうですが、差別、偏見など残酷な人々の言動により傷つけられていく様子が現実と重なり、心苦しい。隔離施設で出会う月昂者の女性に思いを寄せる一途な男性に胸打たれた。男性は木像作りに励むのだけど、ひとつのことに打ち込み、極致に達することって羨ましい人生だなぁ。

 

ふと疲れてしまうと、現実逃避をしたくなるものです。夜に浮かぶ月を見上げると不思議な引力に惹き寄せられてしまい、現実から離れていくような...。月が人間の心の淵を照らし、浸食し、現実の世界から異世界に引きずり込む。「月夜は人を踊り狂わせる」月には思いもよらない行動をさせてしまう魔力があると思う。どの物語も月の神秘的な印象を持ちつつ、不穏な狂気を孕み、不気味さが漂うものばかりでした。一番の魅力は発想力、想像力の素晴らしさ。感情が揺さぶられる的確な比喩表現。言葉の先に見える光景が美しくて、芸術的。異世界と同時に表現力の豊かさも楽しめました。