みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『事件』大岡 昇平

 

事件 (創元推理文庫)

事件 (創元推理文庫)

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

1961年7月2日、神奈川県の山林から女性の刺殺体が発見される。被害者は地元で飲食店を経営していた若い女性。翌日、警察は自動車工場で働く19歳の少年を殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕する。――最初はどこにでもある、ありふれた殺人のように思われた。しかし、公判が進むにつれて、意外な事実が明らかになっていく。果たして、人々は唯一の真実に到達できるのか? 

【感想】

読み終えると、、ものすごく!面白かった作品です。序盤は読み慣れず、難しい知識の連続に不安を覚えた(図書館の貸出期限を過ぎ、また借りました笑)

裁判のお勉強...。裁判ルール。英米裁判と日本裁判の違い。裁判用語。裁判におけるあらゆる知識と制度の解説、法曹界の実情、さらに判事補の生活面までが細かく描写され、頭をフル回転して読みました。。情報量が多い。。俄然面白くなるのは証人への尋問から。法廷戦術の面白さにグイグイ入り込んで行きました。
裁判官、判事、検察官、弁護士(元判事)の心理。被告人、被害者、証人の人間性、背景。記憶の矛盾点への追及など、、検察官と弁護士の立証を裏付ける証人の記憶を引き出す攻防や裁判官の心証の駆け引き。執拗に法を掲げ殺人を主張する検察官に対する弁護士のスマートな反対弁論が心地よい。。
法廷で語られる全ての証言、証拠に基づき考察し、検察の論告、弁護人の最終弁論、合議、判決。。裁判長と判事補たちの「合議」がとても興味深かった。。妻が愛人を殺害すると執行猶予を付けるのは倫理的、心理的真実はどうあろうと一夫一妻という制度を尊重する道義的配慮からとか、「結果的加重犯」軽い認識で犯罪を実行した結果、重い結果が生じた場合は重い結果について責任を負わせるとか。。「過失の有無」に対する公正な判断など。。判決を下す側の重みを考えさせられる。。

法曹界の七五三。「被告人は弁護士に真実の七分を言う。検事には五分を言う。法廷に出るのは三分にすぎない」

「最後に勝つものは真実である」裁判的真実で明らかになる事件。判決後の被告人の心理状態までも描かれ、裁判制度と人間心理の細かさと丁寧さには圧倒されました。

 

決してドラマのような展開はなく、ありふれた事件の裁判過程が淡々と描かれてます。ついていくのが必死でしたが、実際の裁判を見てもこんな感覚なのかもしれない。。新鮮ではあったが疲れた。。

わたしが読んだのは1977年版です。校訂された文庫本ではありません。文庫本、買おうと思います。。読み返して、再認識したい。

『アダルト・エデュケーション』村山由佳

 

アダルト・エデュケーション (幻冬舎文庫)

アダルト・エデュケーション (幻冬舎文庫)

 

おすすめ ★★★☆☆

【内容紹介】

「ミズキさんでないと、だめな軀になっちゃうよ」。弟を愛するあまり、その恋人・千砂と体を重ね続けるミズキ。千砂はその愛撫に溺れ――(「最後の一戦」)。女子高のクラスメイト、年下の同僚、叔母の夫、姉の……。欲望に忠実だからこそ人生は苦しい。覚悟を決めてこそ恍惚は訪れる。自らの性や性愛に罪悪感を抱く12人の不埒でセクシャルな物語。

 

【感想】
「たかが性愛にこれほど沢山のバリエーションを求めるのは...人間だけ」

という一文の通り、、これほど貪欲に性愛を突き詰める村山さんが、素直にすごいなぁと思える。。官能だけでなく、女性の愛の深部にここまで赤裸々に、、純粋に欲望のままに生きることができず思い悩む女性の不安や葛藤を描ききることも...。ただ、一気読みはできなかった。。背徳感の連続が思ったよりのしかかる。。隙間を埋める程度が充分。。

『満願』米澤穂信

 

満願 (新潮文庫)

満願 (新潮文庫)

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが…。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、全六篇を収録。

【感想】
「夜警」交番長がかつての部下を追想する物語。警察官としての資質はないと思った部下が刃物で切りつけられ殉職し、世間では勇敢な行動と伝えられるが...。

(交番長の呟きがジワリとくる。。一話目からなかなかの重み)

 

「死人宿」失踪した恋人は人知れぬ温泉宿で働いていた。人が死ぬ宿と呼ばれる自殺の名所。。恋人から名前のない遺書の持ち主は誰か?調べて欲しいと頼まれる...。

(宿泊客が死にたがり?どうにもできない感が、、怖い)

 

「柘榴」美しい妻と働かない夫。母娘2人(美人姉妹)で健気に生活を続ける。妻が離婚を決意。親権を巡り離婚調停へ...。

(遺伝はすごいなぁ。。女の欲の執念は底知れないわ)

 

「万灯」冒頭から男が裁かれてる。バングラデシュで働くビジネスマン。天然ガス開発の為に訪れた小さな村でトラブル発生。ライバル会社の男と村の指導者を殺害する事に...。

(どんな裁きかと思ったら、、恐ろしい結末に。。やむを得ない殺害の代償は...コレラ拡大パニック。。壮大だわ)

 

「関守」桂谷峠で謎の連続事故死を都市伝説風に記事にする依頼を受けた記者。取材で訪れた小さなドライブイン。店主の老女から事故被害者の話を聞く...。

(一番怖かった。。老女の語り。。ジワリジワリと恐怖へ導かれる。。老女の話より危険と助言してくれた先輩の話を聞けばよかったのに笑)

 

「満願」弁護士が若き日に弁護したのは学生時代にお世話になった下宿先の女性。。夫の借金先の主人を殺害して罪に問われる。彼女の殺害は計画性があったのか...?

(しっかりした妻。できた妻。優しい妻。妻の人間性と殺害が絡み合い、とても奥深い物語だった。。満願成就。。人の願いは計り知れない)

 


とても読みやすく、面白かった。。

結末がどれも寂しい。。だけど、良質感を感じられる。。『儚い羊たちの祝宴』でも感じた冷たい恐怖。。米澤さん、好きかもと思ったら、数年前に読んだ『時の罠』のアンソロジーで一番面白かった作品が米澤さんの「下津山縁起」だった。相性がいいのが、この作品で色濃く判明。。

『洋梨形の男』 ジョージ・R・R・マーティン

 

洋梨形の男 (奇想コレクション)

洋梨形の男 (奇想コレクション)

 

おすすめ ★★★★☆
【内容紹介】

誰もが彼を知っている……腐ったにおいを漂わせ、アパートの地下に住む異様な <洋梨形の男> におびえる女性の心理を描いた表題作他、ネビュラ賞、ローカス賞、ブラム・ストーカー賞受賞の全6作を収録。

【感想】

洋梨体型の不気味な男に付きまとわれるイラストレーターのジェシー。。男に怯えるジェシーは心身衰弱になり、男に誘われるまま、部屋に入る..。そこには?(表題作「洋梨形の男」)

助けが必要になったら必ず助けに行くと誓い合った昔の友とのおぞましい再会譚(「思い出のメロディ」)

酒場でとんでもない経験した男の不思議な話に耳を傾ける一夜(「終業時間」)など、奇想天外なホラー短編集。

 

特に面白かったのは...
「モンキー療法」
肥満男がダイエットに挑戦。。その名もモンキー療法。。肩から離れない猿。。目の前の食べ物を何でも食べ尽くし、とても凶暴な猿。。食べない危険なダイエットでみるみる痩せる。。ダイエット成功はするが...丸々太った猿を抱えて精神を蝕んでいく。。唯一結末が明るい。。想像すると笑ってしまう(。 >艸<)ククッ

「成立しないヴァリエーション」
学生時代、強豪チームとのチェス戦で敗北をし、遺恨を持つ男がチームメイトに復讐するSF。異質なホラー。人間の恨みの深さと執念が時を超えて復讐をしてもなお、恨みを晴らそうとする話。。危険な人生ゲーム。。怖い。。

 

慣れない海外小説だけど、読みやすいのでサクサク読める。。ただ、どれも描写が気持ち悪く、不気味なので、一日一話のペースで読みました。。気持ちの良い話ではないけど、、夏にはいいかなぁ。。

『森があふれる』 彩瀬 まる

 

森があふれる

森があふれる

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

作家の夫に小説の題材にされ、書くことを通じて奪われ続けてきた主婦の琉生はある日、大量の植物の種を飲んで発芽、やがて家をのみ込む森と化し――夫婦の犠牲と呪いに立ち向かった傑作。

【感想】

小説家の夫・埜渡(のわたり)は妻・琉生(るい)をモデルにした赤裸々な恋愛小説で成功する。順調に作家生活を過ごしていたが、、突如、琉生が草木の種を食べ続け、発芽してしまう。。きっかけは夫の浮気への怒り。。みるみるうちに草木があふれ、森と変わり、広がり続ける。。

 

発芽し、ぐんぐん育ち森になる妻という設定には、正直笑ってしまった。。そんな奇行に及ぶ妻さえも創作意欲を膨らませた夫は小説化しちゃう。。植物になる妻と悲しむ夫の美しく終わる愛の物語。。夫目線で描かれる妻。。一見わがままな妻の行動と思われるが、、夫の無自覚な身勝手さと冷淡さに物言えぬ妻の悲劇が見える。。

埜渡は小説で、琉生を「涙」、愛人・夕湖を「木綿子」と名前を変える(愛人の本名に難癖をつけるのは、ひどいわ)

小説の登場人物の対象として、観察し、創作し、女性を変身させることに喜びを感じる。。相手の本質を受け入れるのではなく自分色に染めていく男性。。琉生は夫の思考のズレに悩み、苦しみ、もがくが賢い夫を説得する術もなく、限界値を超えて植物化。。思い悩み根付く妻の奇行も優しさ、慈愛に満ちた行動に思えてくるから不思議なものです。。

 

「男性目線と女性目線」の偏見がテーマ...かな?男性と女性の思考の相違がとてもわかりやすく描かれてた。。

「涙」が見せた美しい幻と現実の「琉生」との同一視のされ方(男性作家って女性へ過剰な幻想を抱いてるよね笑)。。書かれる妻の苦しみが読み手にまでは届かない。。これがもし逆だったら。。妻が書き、書かれる夫。。批判や心配の声が上がるかもしれない。。「女だから」という悪意のない偏見。。なるほど。ありえる。。

最終的には夫婦というより、男性作家、女性作家の性差への疑問に繋がり、、深い森を彷徨っていく感じ。。着地点が浮遊状態だったけど、、男女問わず読み手の固定概念、環境、気分によって、どんな作品も様々な印象をもち、影響を受け、価値観の変化をもたらすもの。。この本も一度読んだ限りでは語り尽くせない。。書かれた妻を思うと...得たもの、失ったものが大きそう。。緑の闇です。。

『花埋み』 渡辺 淳一

 

花埋み (新潮文庫)

花埋み (新潮文庫)

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

学問好きの娘は家門の恥という風潮の根強かった明治初期、遠くけわしい医学の道を志す一人の女性がいた―日本最初の女医、荻野吟子。夫からうつされた業病を異性に診察される屈辱に耐えかねた彼女は、同じ苦しみにあえぐ女性を救うべく、さまざまの偏見と障害を乗りこえて医師の資格を得、社会運動にも参画した。血と汗にまみれ、必死に生きるその波瀾の生涯を克明に追う長編。

【感想】

幕末から明治。男尊女卑の時代。。19歳の若さで夫の浮気でうつされた病気(当時は不治の病)。妻の立場の方が悪く、都合の良い理由をつけられ離縁。女が学問?家の恥です!と読書すら許されない。この頃の女性の名前は「せい」や「やい」、荻野吟子の本名は「ぎん」など仕事を言いつける時に呼びやすく、便利な符号に過ぎなかったなど。。モラハラ、セクハラ、パワハラ、、あらゆるハラスメントが横行している。。吟子は男に辱めをあったことへの復讐心に燃え、男子学生しかいない医学部で様々ないじめに遭いながら(いじめが小学生並みで馬鹿らしいけど、女性としては想像を絶する辛さ)意志の強さ、信念で首席で卒業。しかし当時は女性が医師の試験を受ける資格がないという性差別の壁があり、医師になれない。。吟子は諦めず、女医の必要性を力強く訴え、人脈を駆使して、34歳でようやく産婦人科医となり、女性活動家として、女医の道を拓いていく。。と、試練に立ち向かう吟子の苦労と努力には脱帽する。

晩年は13歳年下の夫の夢(夢を追いすぎる無謀な夫)を支えるために、医師の道から女性として生きていくのがとても残念。。医学の進歩に取り残され、医者として機能しなくなってしまった悲しみを思うと悔やまれる。でも男性への復讐心が氷解し、柔らかな愛を知ったのなら、幸せだったんだと、、思いたい。

『メスキータ展』

東京ステーションギャラリーで開催されている『メスキータ展』に行ってきました。

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サミュエル・イェスルン・デ・メスキータはオランダで活躍した画家、版画家、デザイナー。美術学校で学生の指導をし、その内の1人がM.C.エッシャー。エッシャーは大きな影響を受け、メスキータを敬愛してやまない。。
1944年、70歳を超えたユダヤ人であるメスキータは家族と共にアウシュヴィッツで亡くなります。アトリエに残った作品をエッシャーたちが決死の思いで救い、戦時、命を懸けて守り抜いたそうです。おかげで、わたしも日本でメスキータ作品の魅力に触れる事ができました。

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線の太さ、力の強弱で光と陰を表現し、人間の感情、表情、動きがダイナミックに浮かび上がる。動物や植物は線が細かく、繊細さと柔らかみが感じられる。。存在感があり、デザイン性も高く、「ウェンディンゲン」という1918年に創刊された建築と美術の関係性をテーマとした雑誌の表紙や挿絵を手がけたアートは幾何学的に計算されたデザイン。。他の人の影響を受けず、我の道を突き進む個性豊かな作品の数々。。

モノクロのアートがとにかくカッコいい✨

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最後に水彩で描かれたファンタジーは力強いモノクロの世界の刺激を緩和していくような色彩...色々な一面を魅せてくれたメスキータ。。

ファンタジー「月を見上げる人」

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館内は東京駅創設時のレンガ壁が使用され、重要文化財なので触れてはいけない。。レンガの温かみでメスキータのアートが映える。。楽しかったぁ。。

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