みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『存在のすべてを』 塩田 武士

 

存在のすべてを

存在のすべてを

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おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。異様な展開を辿った事件の真実を求め再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる――。質感なき時代に「実」を見つめる、著者渾身、圧巻の最新作。

【感想】

平成3年に神奈川県で発生した児童と幼児(内藤亮)が誘拐されるという不可解な「二児同時誘拐事件」から30年。児童は保護をされたが、幼児は発見されないまま犯人逮捕に至らず、事件は迷宮入り。しかし3年後、亮は祖父母の家に戻り、空白の3年に何が起きたのか不明のまま30年が過ぎる。当時担当していた旧知の刑事が未解決事件に無念のまま死を遂げたことがきっかけで新聞記者・門田は事件の真相を調査し、空白の3年、被害男児の「今」を追いかける。そして1人の天才写実画家の存在が浮かび上がる。

事件当時の犯人と警察、被害家族間のリアルな緊張感にハラハラする。警察庁と記者との臨場感も重ねてきて、当時の熱い現場が迫ってくる。

いくつかの謎がミステリー仕立てで描かれ、ストーリー性がとても面白いのは確かなのだが、この物語は絵画の世界、写実画家の感性、画商や画廊経営者、画家の辿る泥臭い生き方、嫉妬、欲望など、美しい世界の中に潜む優美とかけ離れたリアルな人間の生き様が厚みを増していくのです。真相に迫る中、写実絵画の美しさ、画家の純粋さに何度心を奪われたか...写真よりもリアルに描く芸術。細密に描かれた絵の圧倒的な「実在の凄み」は観るものの記憶に強く焼き付かせる。画家の模写に徹底する狂気、写実の才覚に何度も感動をし、魅了されていきました。

空白の3年間..写実画家が狂わされた絶望と幸福な時間。弱き小さな存在を守り抜き、研ぎ澄まされていく芸術の感性を育み、惜しみない深い愛情と永遠に続くことのない幸福にただただ辛くて辛くて。。残酷な事件、美術界の裏側、SNSで日々垂れ流される虚構と、汚れた世界の中で純粋な芸術と人間愛が際立つ物語でした。ラストシーンの余韻がいつまでも心を焦がし、今年印象に残った作品であることは間違いないと確信したのです。