みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『一線の湖』 砥上 裕將

 

一線の湖

一線の湖

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おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

主人公・青山霜介が、ライバル・千瑛と湖山賞を競い合った展覧会から2年が経った。大学3年生になった霜介は水墨画家として成長を遂げる一方、進路に悩んでいた。卒業後、水墨の世界で生きるのか、それとも別の生き方を見つけるのか。優柔不断な霜介とは対照的に、千瑛は「水墨画界の若き至宝」として活躍を続けていた。千瑛を横目に、次の一歩が踏み出せず、新たな表現も見つけられない現状に焦りを募らせていく霜介。そんな折、体調不良の兄弟子・西濱湖峰に代わり、霜介が小学一年生を相手に水墨画を教えることになる。子供たちとの出会いを通じて、向き合う自分の過去と未来。
そして、師匠・篠田湖山が霜介に託した「あるもの」とはーー。

【感想】

『線は、僕を描く』の続編。読書は様々な体験を感じられ、五感に鋭く訴えてくることがある。特に音楽や絵画など芸術をテーマにした本は貴重な読書体験を得られる。書き手の力強い描写力に読み手の想像力が搔き立てられる瞬間、体の底から震えるほどの感動をもたらす。まさに前作が素晴らしい読書体験を味わえた作品。水墨画を描く圧倒的な描写から墨の匂いが立ち込められ、一本一本の線の繊細な動きから音までも聞こえてくるかのような、五感を奮い起こされ、心が奪われたのを思い起こす。あれから2年後の主人公の更なる成長が楽しみ♪

本作は「失敗」をすることから物語が始まります。緊張感漂うデビュー戦でトラウマを抱えてしまう青山くん。湖山先生にかけられた言葉は...「筆を置きなさい」...この言葉にわたしは涙がじんわりと浮かんだ。温かい響きに救われる。のですが、青山くんにとっては絶望の言葉。完璧を求めるあまり、筆を置かずに、ひたすら水墨画を描き続ける。絶望まっしぐらの青山くんは将来のことでも、思い悩む。水墨画家としての道、それとも別の道を歩むべきか。悩み多き青山くんに水墨画の講師の依頼が...小学教師だった亡き母の職場で小学1年生たちに水墨画を教える。生徒たちとの時間、母の同僚や教え子たちとの交流を通して、自分の過去と未来に向き合っていく。小さな子供たちからたくさんのことを教えてもらえる。純粋な子供たちの無限な可能性に泣けます。。そして紆余曲折した苦悩の末は...圧巻の一言。水墨画のリアルさにまたも感動。繊細でかつ大胆な一本の線が見事に描かれていき、目の前に鮮やかに絵が浮かび上がってくる多くの人に体感してほしい。

筆を置く..心の内側の余白を見る...がむしゃらに墨を描くだけではなく、時には休み、描かれていない心の余白から浮かび上がる自然の景色を見る。無限に広がる可能性。。制限された世界を作り出してるのは自分で、自由を教えてくれるのは無邪気な心と素直な目。なんなく境界線をなくし、世界をただ楽しむ子供たち、そして弟子の成長を優しく見守り、心を遣い、穏やかに導く湖山先生の美しさ。学びが多く、水墨画の美しさと喜びに感動。本作も素晴らしかった。わたしも筆を置くことを学んでいこう。