みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『朱色の化身』 塩田 武士

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

「知りたい」――それは罪なのか。
昭和・平成・令和を駆け抜ける。80万部突破『罪の声』を超える圧巻のリアリズム小説。
「聞きたい、彼女の声を」 「知られてはいけない、あの罪を」
ライターの大路亨は、ガンを患う元新聞記者の父から辻珠緒という女性に会えないかと依頼を受ける。一世を風靡したゲームの開発者として知られた珠緒だったが、突如姿を消していた。珠緒の元夫や大学の学友、銀行時代の同僚等を通じて取材を重ねる亨は、彼女の人生に昭和三十一年に起きた福井の大火が大きな影響を及ぼしていることに気づく。作家デビュー十年を経た著者が、「実在」する情報をもとに丹念に紡いだ社会派ミステリーの到達点。

【感想】

序章「湯の街炎上」では福井県の芦原温泉街で起きた凄まじい火災。商店は次々と火に飲み込まれ、街の人々のささやかな暮らしや夢を奪っていく。昭和初期に芦原温泉で実際に起きた大火災に基づいたようです。

第一部の「事実」では行方不明の辻珠緒の知人たちのインタビューが書かれています。彼女は優秀な進学校から京都大学に進学し、大手銀行の総合職に勤め、ゲームプランナーに転職し、京都の御曹司と結婚...と、とても素晴らしい経歴の持ち主。美人で聡明、誰もが認める優秀な女性。「珠ちゃん」と呼ばれ、みんなから慕われる存在のようです。ゲームオタクの珠ちゃんが夢中になったサウンドノベルゲーム「かまいたちの夜」や「弟切草」が何度も出てきます。懐かしい。わたしもプレイをしたことがあります。文章と画像と効果音だけのゲーム。シナリオライターの我孫子武丸さん。『殺戮にいたる病』など、小説も書かれています。壮絶で気が滅入る物語だったと記憶してる...と、大きく脱線してしまいましたが、ゲーム業界や銀行業界が詳細に書かれているので、元新聞記者の大路さん...いや..塩田さんの取材力の凄さを感じました。さて順風満帆だけど、過去に後ろ暗さを感じる珠ちゃんがなぜ失踪したのか?彼女が開発した大ヒットゲームに秘密が隠されているのか?と多くの謎を抱える辻珠緒にさらに迫る第二部「真実」へ。辻珠緒の背景が描かれています。祖母、母、珠緒の男に狂わされた人生。女性たちに狂わされた男たち。正直、三世代の負の連鎖には痛々しくて辟易してしまった所がありますが、ゲーム依存症、男女雇用機会均等法、ジェンダー問題などの社会問題を盛り込みながら、時代に翻弄されていく一人の女性の真実に迫っていく。実に読みごたえはありました。実際に起きた芦原温泉街の大火災の歴史にも迫り、庶民の活気、空虚、誇りもリアルに伝わってきます。塩田さんは芦原大火について当時を知る人を探し歩き、話しを聞いて回り、当時の生活を再現できるまで、かなり取材に力を注いだそうです。元新聞記者の塩田さんのジャーナリズムを随所に感じます。人生の歯車を狂わされた人々、知られたくない罪から逃げる女性を「知りたい」と追いかける記者の葛藤も..「終章」で全てが明らかになります。

事実と真実が絡み合い、一つの人生が立体化される。取材って大変な作業ですね。他者を描くのに膨大な手間をかけていく。その手間をなぜかけてまで、情報を集めるのか。塩田さんの答え「人間が面白いからでしょう」。。辻珠緒の生がリアルでノンフィクションのようです。面白かった。