みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『雪の練習生』 多和田 葉子

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

腰を痛め、サーカスの花形から事務職に転身し、やがて自伝を書き始めた「わたし」。どうしても誰かに見せたくなり、文芸誌編集長のオットセイに読ませるが……。サーカスで女曲芸師ウルズラと伝説の芸を成し遂げた娘の「トスカ」、その息子で動物園の人気者となった「クヌート」へと受け継がれる、生の哀しみときらめき。ホッキョクグマ三代の物語をユーモラスに描く、野間文芸賞受賞作。

【感想】

猛暑の日、せめて読書で涼やかに~という気持ちからこの本を手に取りました。

本作は「わたし」「トスカ」「クヌート」とホッキョクグマ三代の自伝です。サーカスの花形だったホッキョクグマ「わたし」がソ連でのサーカス時代、事務職に転身し、自分の過去を断片的に思い出し、書き記すことをきっかけに作家を目指す。世界的に有名作家となり、西ドイツやカナダに亡命し、結婚まで書かれている自伝「祖母の退化論」...暑さで頭が回らないのか思いの外、読むのに苦労をしました。登場人物(動物)が、人間?クマ?編集者がオットセイ...ホッキョクグマが人間生活を違和感もなく...重なり合う不思議...これは考えながら読むものではないのかもしれない。ただ「わたし」は「書いた」のだ。その事実だけでも良いのかもしれない。と、読み終わり、次の話は後日に...と閉じてから数日経過。「わたし」の娘・「トスカ」の自伝を...と思ったら、サーカスの熊使い・ウルズラ視点で描かれる「トスカ」。ウルズラのトスカへの愛、トスカとの共演「死の接吻」、トスカとの対話から、気づけばウルズラの伝記を描く「トスカ」の自伝へ。これが面白かったのです。動物と人間の「時間感覚」や人間の言葉の断片、言葉の影、言葉になり損なった言葉の映像など、動物に流れ込む人間の言葉が、芸術的に感じられました。最後は「トスカ」の息子・「クヌート」の自伝。育児放棄をされた「クヌート」は人間・マティアスの手で育てられ、動物園で暮らす。これは切ない。男性のマティアスに母性を求め、絶対的信頼を持ち、マティアスの匂い、音、言葉を敏感に感じ取る。結婚したいくらい大好きなマティアスとの日々が永遠と続けばいいのだけど...。

ソ連時代からベルリンが崩壊され、現代へ。時代に翻弄される人間界を生きるホッキョクグマ三代の物語。読み終われば、多和田さんの不思議な言葉の魅力に入り込んでいたようです。付箋がいっぱい。最後に「わたし」の自伝「祖母の退化論」を再読しました。一番面白かったと気づく。「わたし」は作家になったから書いたのではなく、書いた文章が作家にした。執筆活動の苦しみから陥ったスランプ。過去を書くのではなく未来を描こうとノンフィクションからフィクションに移行されたときに登場する未来の子供たち「トスカ」と「クヌート」。。執筆の芸術に触れた気がする。

解説でいつも不思議な多和田さんの中でもこの作品はひときわ不思議な作品と書いてありました。なるほど。確かに不思議が好きなわたしが今まで読んだ中でもダントツな不思議さです。ホッキョクグマの気持ちが手に取るようにわかる多和田さん...とても気になります。