みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『街とその不確かな壁』 村上 春樹

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

十七歳と十六歳の夏の夕暮れ……川面を風が静かに吹き抜けていく。彼女の細い指は、私の指に何かをこっそり語りかける。何か大事な、言葉にはできないことを――高い壁と望楼、図書館の暗闇、きみの面影。自分の居場所はいったいどこにあるのだろう。<古い夢>が奥まった書庫でひもとかれ、呼び覚まされるように、封印された「物語」が静かに動き出す。

【感想】

『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の深層意識の世界が描かれた「世界の終わり」の物語が異なる形で読めたことがうれしかった。大好きな作品です。主人公の「僕」と影、雄々しい一角獣の儚い命、図書館で読む「夢読み」の仕事とお手伝いをしてくれる少女。記憶や心をなくす「僕」の深まる喪失感。心を取り戻す旅。心とは何か?を深く考えたのを覚えてます。

デビューした当時に「街と、その不確かな壁」という中編小説を書くが、内容に納得できず、書き直し、書籍化されたのが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。村上さんとしては未完成な気持ちがあり、40年が経ち、世界がコロナウィルスという猛威から閉鎖的な生活や異様な緊張感を強いられていく環境下がまるで古い夢を読む夢読みのような..ここには何か意味があるはずという気持ちも重なり、3年(コロナ禍)かけてコツコツ書き続けた新作。

きみがぼくにその街を教えてくれた..高い壁に囲まれた街。「もしあなたにその街を見つけることができれば。そしてもし...」

少年の「ぼく」の淡い恋心と喪失感。大人になった「ぼく」が出会う元図書館長の子易さんと街のことや心や意識について語り合う。子易さんの醸し出す空気感が好き。ベレー帽とスカートという風貌も好き。悲しみと幸せな人生を歩み、生死というものに死しても向き合い続ける子易さんの言葉ひとつひとつが優しい。

「人は吐息のごときもの。その人生はただの過ぎゆく影に過ぎない」儚い人間の生きる日々の営みは移ろう影法師のごときもの。だからこそ慈しみ、命の大切さを語る場面が心に響いた。

「人生の選択」どちら側の世界を選ぶか。時間と心を失う街時があるからこそ、移ろう感情がある現実世界。どちら側でも自分にとって、ふさわしい世界はあるはず。他者が生き方を選ぶのではなく、自身の判断で選び取る。選び取った世界で力強く生きていけばよい。印象深く、前向きな気持ちにさせられる。さて、「ぼく」はどちら側を選ぶのか?

街の謎と同じくらい現実には不可解な謎がある。。その一つとしてとても気になったのが子易さんの妻の死。朝目覚めたら、妻の姿がなく、布団の中には葱だけが残されていた。。なぜ葱が..なぜ?とても気になります。。ここにも何か意味があるはず。。とても気になります。

 

高い壁に囲まれた街は「世界の終わり」のような終末な世界とはまた違う柔らかな世界観が漂う。あとがきを読み、本作の柔らかな世界観は根底から書き直した別物なのだと納得。40年という歳月に小さな衝撃と感慨深さが入り混じり、ウルっときてしまいました。