みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『日の名残り』 カズオ イシグロ

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。

【感想】

カズオイシグロ作品4冊目。本作もよかった。奥深さと美しさと巧みさにゆるやかな感動が押し寄せてくる。

主人公のスティーブンスは35年間、イギリスの名家に仕える執事。新しいアメリカ人の雇い主から休暇を与えられ、ドライブ旅行に出かけます。仕事一筋で生きてきたスティーブンスは屋敷を出ることもなく過ごしてきたので、旅先での出会いや出来事、イギリスの美しい田園風景に魅了されていきます。旅の途中で過去に思いを寄せていきます。第一次世界大戦後のダーリントン邸では欧米諸国の上流階級の紳士淑女を招き、華やかな食事会が行われる。大事な会合を成功させるため、執り仕切るスティーブンスの激務に充実感、喜び、誇りを抱く。名高い執事だった父との思い出やミス・ケントン(女中頭)とのジリジリさせられる関係(スティーブンスに対するケントンの特別な思いは明らかなのに、仕事大優先のスティーブンスに届かず、ヤキモキしてくる)、気高き貴族たちとの交流、「執事の品格」への追求など、素晴らしい執事人生を静かに語るスティーブンスなのです。

旅を続けていくうちにイギリスの情勢や旅先出会う人々との交流から徐々にダーリントン卿の人物像が明らかになっていく。ナチスドイツと英国との国交に力を注ぎ、熱心にドイツを支持していたダーリントン卿に広がる多くの批判。優雅なダーリントン邸の陰の部分が浮き彫りにされていく。悲劇的なヨーロッパの歴史、敬愛する雇い主の悲哀の人生、ケントンへの淡い想い、スティーブンスは執事の品格を全うするがゆえに現実から一切、目を背け、真実を知ろうとしない。。栄光(語らい)の裏にある影。語られない過去に真実の悲劇が隠されている。スティーブンスの輝かしい執事人生に残る後悔...旅の結末が気になってきます。

「日の名残り」..旅の最終日、海辺の町でのケントンとの再会と別れ。美しい夕暮れを眺め、桟橋のあかりが点燈する光景に涙する老執事の思いが胸に迫る。執事の休暇からこんなに複雑で重層的なテーマが盛り込まれているなんて。読み返したい一冊です。