みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『献灯使』多和田 葉子

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

大災厄に見舞われ、外来語も自動車もインターネットもなくなり鎖国状態の日本。老人は百歳を過ぎても健康だが子どもは学校に通う体力もない。義郎は身体が弱い曾孫の無名が心配でならない。無名は「献灯使」として日本から旅立つ運命に。大きな反響を呼んだ表題作のほか、震災後文学の頂点とも言える全5編を収録。

【感想】

何とも言えない不吉な世界に心ざわつきました。表題作「献灯使」では、大災厄に見舞われた日本の政府は民営化され、鎖国状態となり、外国との交流は途絶え、外来語もネットも都市の機能もなくなる。高齢者は災害で受けたある影響で不老不死となる一方、若者の体は脆弱し、虚弱体質となる。老人が働き、若者を介護する日本の近未来。70代は若い老人。90代は中年の老人。100歳を超えると休みのいらない元気な老人。100歳超えの義郎は、ひ孫の無名(むめい)とゴーストタウンと化した東京で暮らす。無名は介護なしでは生きることができず、成長するにつれ健康状態が悪くなる。しかし感性が鋭く、賢い無名は15歳になると、海外に送り出される「献灯使」に選ばれる。

死ぬことができず、ひ孫の死を見送るという試練を課せられた老人の苦しみを想像しただけでも恐ろしい。体が自由に動くこともできず、服を着替えるのに苦労し、汚染された世界ではまともな食事もできず、食べ物を喉に通す事も困難で、鎖国状態となり、遮断された狭い世界でしか生きられない無名は図鑑で得た知識であらゆる想像を楽しむ。発想が豊かな無名の言葉を楽しみながら義郎は無名の健康を第一とし、健康情報にアンテナを巡らせ、安全な食べ物を買うために市場を歩き回り、ひ孫の介護に費やす。無名が授かった宝物は、なぜ自分だけがこんな苦しみを背負うのかということを伴わない純粋な痛みを持つこと、自分を嘆くことも苦しむという感覚も無名は知らない。そんなひ孫に平穏な毎日を戦い抜いてほしいという願い、危険がまん延している世界で慎重に生きなければならない息苦しさ若い人から順番に亡くなり、悲しみや苦しみが形にないまま、老人たちの心に蓄積されていく。死を羨望する悲しみや汚染された世界に怒りをぶつける義郎の激しい感情に心がかき乱されていきます。

少子高齢化や環境問題、子供たちの体力低下も深刻化されている現代が、もしこのような未来へ向かっているとすると...。鎖国状態(本作では国内間も自由に交流できないので、東京は孤立状態)文明の利器が完全に失われた日本。見えないって実は怖い。外部との遮断で情報がないとか、汚染物質(コロナもかな)で知らぬ間に体の変化を強いられるのも...見えない恐怖。言論も思考も抑圧されていき、生活環境が退化し、生きづらさがさらに進化している。冒頭にも書いた何とも言えない不吉な世界なのです。とても難解で何度か言葉をかみしめる時間が必要でした。ゆるりと緩みきった脳にかなり刺激を与えられたと思います。