みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『言の葉は、残りて』 佐藤 雫

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

武の力ではなく、言の葉で世を治めたい──。悲劇の三代将軍・源実朝の葛藤と信念、そして夫婦の愛。
鎌倉幕府の若き三代将軍・源実朝のもとに、都から公家の姫・信子が嫁いでくる。自分のために鎌倉へ来てくれた妻を生涯大切にしよう、と実朝は心に誓う。やがて、信子の導きで和歌の魅力を知り、武の力ではなく言の葉の力で世を治めたいと願うようになるが──。御家人たちの陰謀が渦巻く鎌倉を舞台に、運命に翻弄された二人の切実な愛を描く歴史恋愛小説。

【感想】

実朝の元に嫁いだ公家の娘・信子。実朝13歳、信子12歳。幼い二人が和歌を通し、愛を育んでいきます。由比ヶ浜で貝を拾い集める二人のほのぼのとした穏やかで美しい光景。優しい実朝と海の香りに不安だった信子の心も次第に解けていきます。そして繊細な実朝の心の支えになっていくのです。将軍としての重責、殺伐とした権力争い、謀反、後継問題..実朝の緊迫感に安らぎを与えたのは信子との柔らかな時間と和歌。武の力ではなく言の葉で人の心を動かし、世を治めたいという気持ちにさせられたのは父・頼朝の歌に込められた信念と意思。和歌に惹かれ、学び、気持ちを歌に込める。優しく淡い気持ちと裏腹に実朝が悲しき運命を辿ってしまうのが、やりきれない。

わたしが印象に残るのは冒頭部分です。幼い実朝(千幡)が御所の庭できらきら光る朝露の輝きを目にし、「きらきら光る、玻璃の玉みたい」とその輝きに惹き寄せられていく。その美しい露の玉を母・政子に投影していきます。「母・政子の顔はきぃんと凍った透明な氷のように美しい。」実朝と政子の場面は張り詰めた空気が流れるのですが、心の奥底にある母に焦がれる千幡の想いを感じると切なくなる。

実朝と信子の夫婦愛だけではなく、頼朝と政子の出会い、政子の息子娘への想い、政子の妹・阿波局の過去、信子の侍女・水瀬..と、それぞれのドラマも丁寧に描かれています。醜い政争の中に挿し込まれる和歌の響きがとても優雅で美しい。和歌の世界から読み取る歴史小説。なんとも素敵な読書時間でした。