みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『華氏451度[新訳版]』 レイ・ブラッドベリ

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!

【感想】

この本を読みたいと思ったきっかけは以前に読んだ福井県立図書館の司書さんたちが図書館利用者さんの覚え違いタイトルの実例集『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』に著書が記載されていて、司書さんの紹介文に興味が沸いたからです。(覚え違いは「摂氏451度」一文字違うだけで温度は倍..笑)新訳版が出版をされた機会に名著を読んでみました。

舞台は本の所有、読書が禁止された近未来の世界。「華氏451度」とは紙が引火する温度だそうで、主人公のモンターグの職業はファイアマン。「消防士」ではなく「昇火士」。本を燃やす仕事です。モンターグはある夜に出会う少女から「あなた、幸福?」と問われ、自分が幸せかどうか?考えに及ばなかったことが彼の中の何かを変化させていく。信じていた使命が揺らぎだすモンターグ。徐々に本の中には何が書かれているのか興味を持ちだす。モンターグは何の疑問もなく仕事として本を燃やしていたが、思考が走り出すと自分の使命感や世界の違和感に不安を覚えていく。そして禁忌を犯してしまうのです。

モンターグの上司のベイティーの言葉(数ページの熱弁シーンのスピード感が凄い!)が現代社会に通じていて、鬼気迫るものを感じられた。ベイティーはかつて読書家だったと思う。昇火士となった彼の熱弁から嘆きと諦めが伝わり、哀れに感じ、とても切なくなってくる。本を守る側になれなかった人の叫び。

「人口は増え、映画や、ラジオ、雑誌、本は、練り粉で作ったプディングみたいな大味なレベルにまで落ちた...(省略)...フィルムの速度が速くなる。本は短くなる。圧縮される...(省略)...二分間の紹介コラムにおさまり、十行かそこらの梗概となって辞書にのる。...(省略)...要約、概要、短縮、抄録、省略だ...(省略)...不燃性のデータをめいいっぱい詰めこんでやれ。国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能力を持っていることか、と感じるような事実を詰め込むんだ。そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる...(省略)...それでみんなしあわせになれる」

書物が禁忌とされる世界は思考、感受性が失われていく。思考を失った人々はただただ生活を消費していき、家族の在り方、余暇の過ごし方さえも与えられた情報の中で見出し、自己の思想は欠如している。特に怖いと感じたことは社会ではなく自ら本を放棄し、自ら深い思考を持たず、自ら歪んだ世界を作り上げていく。即時性の情報で素早く結論を取得できる世界。文学、思想は閉ざされ、受動的な世界に疑問を持たずに身を置くこと。ゾッとするけど、この現代社会、自分も似たような状況に置かれているかもしれない。気づいていないだけで。。そう考えると、とても不思議でザワっとする。1950年代の作品ですが、現代に通じることが多く、「考えること」について、とても考えさせられました。そして暇つぶしを楽しむことの素晴らしさも改めて知る。ネットの世界は嫌いではなく、むしろ好きな方なのだが、情報や他者の思想と少し離れて、たまには立ち止まり、ゆっくり本や芸術、自然に触れ、感じ考え、自分の思考をただただ楽しむ時間を持つことが幸福に繋がるのだと思います。