みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『八月の母』 早見 和真

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

彼女たちは、蟻地獄の中で、必死にもがいていた。
愛媛県伊予市。越智エリカは海に面したこの街から「いつか必ず出ていきたい」と願っていた。しかしその機会が訪れようとするたび、スナックを経営する母・美智子が目の前に立ち塞がった。そして、自らも予期せず最愛の娘を授かるが...。うだるような暑さだった八月。あの日、あの団地の一室で何が起きたのか。執着、嫉妬、怒り、焦り……。人間の内に秘められた負の感情が一気にむき出しになっていく。強烈な愛と憎しみで結ばれた母と娘の長く狂おしい物語。ここにあるのは、かつて見たことのない絶望か、希望か。

【感想】

「八月は母の匂いがする。八月は、血の匂いがする。」

夫と5歳になる息子と東京で暮らす「私」。娘を妊娠をすることにより、封印していた母と地を這うように生きた故郷の愛媛に思いを巡らせる。

第一部「伊予市にて」劣悪した家庭環境で育つ娘は「この街から出ていきたい」という強い気持ちを常に持ち続けるが、母という存在に縛られてしまい、諦めて生きていく。そして、母と同じような人生を...。

第二部「団地にて」ネタバレになるので詳細は書けませんが、ただただ辛かったです。家庭環境は恵まれているが両親との確執で行き場のない17歳の少女。逃げ込んだところは、子供たちを自由にしてくれる大好きな「ママ」がいる市営団地の一室。環境に飲み込まれてしまう未熟な少年少女が自由に出入りする居心地の良い場所閉鎖的な一室で気ままに過ごす彼らには広い世界があることすら想像できない。次第に愛情への嫉妬、執着、怒り、焦りという負の感情に揺さぶられ、暴走していく。制御できない子供たちが壊れていき、壮絶な事態に...自由の場を与えているだけで、無責任な行動をする「ママ」はほんとに罪深い。自由には責任が伴うはずだけど、自由だから責任がなくなることもある。わたしはそれが怖くて、とても苦しかった。

エピローグでは祈る気持ちでいっぱいでした。負の連鎖を自ら断ち切るには相当の覚悟が必要で...「私」の強い決意には胸が救われる思いになり、緊張の糸が切れて、涙が止まらなかった。

 

実在した事件を元に描かれたフィクションです。愛媛の団地の一室で一人の少女が集団暴行により殺害された事件。記憶に残っています。何とも凄惨で目を覆いたくなるような事件の主犯はその家に暮らす母親でした。著者は愛媛に引っ越し、加害者の過去を知る人たちから話を聞き、事件の要因の一つは地域性、そして主犯格の「母性」が根幹にあるのではないか?と母性をテーマに物語を書こうと決めたそうです。団地の一室で少女たちが母性について語る場面で「母性は母親が子ども守るために絶対に必要なものって信じてた。(中略)でもさ、私たちが洗脳されるみたいにすり込まれてきた母性って、子供を生かすためだけに存在してるわけじゃないんだよね。逆に子供を殺すこともある。」...母性に孕む愛情と残虐性。親子ってお互いで期待して、裏切られたら、失望して、それを許し合える親子もいれば、頑なに縛られてしまう親子も...。切ないのはひどい母親でも子供は見捨てられないってこと。その健気な想いを踏みにじる母親は悲しいけど存在していて、このような事件が定期的に起きる。逃げてほしい...けど悲痛な叫びって届きづらい。母娘の呪縛、集団の狂気、絶望と衝撃の連続でした。虐待という断ち切れない母娘の連鎖に存在する「父親の不在」も気になりましたけど、子供の事件は圧倒的に母親の存在が注目されますね。それだけ母性の影響力は大きいのでしょう。辛い場面が多いので、読むのはしんどいです。先を読むのが怖いけど止まらなかったです。ラストの母性の強さと柔らかな優しい匂いに胸が熱くなりました。