みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『その話は今日はやめておきましょう』 井上 荒野

 

おすすめ ★★★★☆

【内容紹介】

定年後の日々を、趣味のクロスバイクを楽しみながら穏やかに過ごす昌平とゆり子。ある日、昌平が転倒事故を起こし、一人の青年・一樹が家事手伝いとして夫婦の家に通い始める。彼の出現を頼もしく思っていた二人だったが、やがてゆり子が家の中の異変に気づき……。

【感想】

夫・昌平72歳、妻・ゆり子69歳。子供たちは独立をし、夫婦ふたり暮らしになってから16年が経つ。妻、夫、青年の視点が転々と変わり、それぞれの心の微妙なゆらぎが細やかに描写されていて、なんとハラハラとさせられたことか。これが面白いところなんです

ゆり子は事故後の夫の苛立ちに不安や焦りを覚え、独立した子供たちへの行き場のない母性に翻弄され、身近な人の死に心を痛ませる。そんなゆり子の様子を見て、自分なりの解釈で納得してしまう昌平の短絡的な思考にクスっとさせられる。ゆり子に向ける愛情も微笑ましく、男として必死に頑張る姿も可愛らしい。穏やかで幸せそうな夫婦の生活を脅かす存在...読み手はとても不安にさせられるであろう一樹の暴力性。本来は優しい性格なのだが、時折現状を破壊してしまいたくなる凶暴な一面を持ち合わせてる。本当は優しい人なのに、悪いことを...。ゆり子は小さな不信を抱きながらも、一樹の事を信じたい気持ちが強くなる。ゆり子の心情がはわかる..でも心配だぁ~これは不穏過ぎる~とヤキモキしてしまいます。

我が家のことですが、子供の家庭教師くんがとても穏やかで優しい好青年。犬好きなようで、毎回うちの愛犬と家庭教師くんが戯れる微笑ましいひとときがあるのです。二人の姿を見ていると、わたしもかなり癒される。わたしはこのひとときの彼しか知らない。でも好青年と既に思ってしまってる。怖い(←何も被害は受けていません。とてもいい子です)

人と共有する時間が長ければ長いほど、相手との信頼関係が強くなり、裏切られることは思いもしないのだろう。だからこそ裏切られた時の悲しみは計り知れない。家族も同じことが言える。ゆり子の諸々が将来の自分にも重なりそうで、ゾッとするのです。この本の一番のテーマは「老いゆくこと」..老いによって失われてしまうものはあるが、得るものもあり、また何かを失う。それが老いなんだろうなぁ。元気に老後を楽しむ二人を見てると老いもそんなに悪くなさそうと、意外に爽やかな読後感なのでした。とりあえず健康第一で、素性のわからない人を安易に家にあげてはいけないを教訓に!