おすすめ ★★★★☆
【内容紹介】
「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、そして ……。社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。
【感想】
前職を辞め、実家に戻り、失業保険が切れた主人公が職安から紹介されるマニアックな仕事をしていく。小説家の生活を監視する仕事。巡回バスのアナウンス原稿を作る仕事、おかきの個包装の裏に豆知識を紹介する仕事。路地を訪ねてポスターを貼り変える仕事。大きな森の小屋での簡単な仕事。主人公はどの職場でもやる気があるわけでもなく、怠けることもなく、ただ淡々と仕事をしていく。どの職場にも、ほんの小さな違和感を抱く程度の謎があり、深く追求するわけでもなく仕事をしているうちに、謎がゆるやかに解決されていく。このゆるさがとてもいい。ゆるいとはいえ、人物描写や主人公の心情がとても細かく表現されているので、読みごたえはかなりある。そして津村さんのユーモアに笑ってしまう。笑った箇所に付箋を付けたら、付箋だらけになった。外で読むのは危険と判断した本。付箋をした箇所を少しだけ紹介します。
「ばかだな、と思う。浮遊してるんなら交通機関は自分をすり抜けるから利用できないだろうし、徒歩でブラジルに行くようなものだ。徒歩で行こうと思うかブラジル?」(「みはりのしごと」から引用。小説家のエッセイで「浮遊霊ならブラジルにも行ける」という一文について」
「確かに何のこだわりもなさそうというか、基本的に物事を簡単に考えているのだけども、それを指摘したらすごい速さでへそを曲げそうな、ああいう年代にたまにいる感じの人ではある。」(「路地を訪ねる仕事」から引用。照井さんというおじいさんの特徴)
「おおばやしだいしんりんこうえん、という大仰な語感や、全体的に間抜けな字面は嫌いではない」(「大きな森の小屋での簡単な仕事」から引用。仕事場の大林大森林公園についての印象)
私の笑いの感覚なので、みなさんはどう思うかはともかく、じわじわと笑いを引き出すところが面白い。
転職をしていくうちに環境を良くしようと努力したり、人助けに喜びを感じたり、やりがいを持ち、成果をあげていく主人公の仕事ぶりから真面目な性格で順応力、人間観察力、包容力があり、ストレスに耐えかねて長年勤めた前職を辞めたという繊細な人柄がなんとなく見えてくる。生活するために仕事は必要だし、できれば楽な仕事に就きたい、気楽に過ごしたい。主人公の希望通りのゆるい仕事を職安の相談員さんは紹介してくれるが、それなりの苦労に悩まされる。最後に主人公の前職が判明し、仕事の苦悩を吐露するが、転職を通して、ひとつの決断に行き着く。社会から逃げ出した人の気持ちがわかる。私も何事も真面目に向き合ってしまう性格で、没入しやすく、費やす気持ちが多いほど、穴から抜け出すのに苦労する。「安らかな仕事も悪くないが、難しい仕事にあえて取りかかることも、生きてることなんだな」平穏を欲していても物足りなさを感じてしまうのが人間の性なのかな。様々な仕事の経験を経た主人公は以前の自分より成長しているはず。最後の決断が「どうかうまくいきますように」ただただ祈るばかりです。