おすすめ ★★★☆☆
【内容紹介】
大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中にはなしかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗はーー「違う羽の鳥」 調理師の職を失った恭一は家に籠もりがちで、働く妻の態度も心なしか冷たい。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣の一軒家に住む老人からもらったという。隼からそれを奪い、たばこを買うのに使ってしまった恭一は、翌日得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れるがーー「特別縁故者」 先の見えない禍にのまれた人生は、思いもよらない場所に辿り着く。 稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話。
【感想】
第171回直木賞受賞作品です。おめでとうございます。新型コロナウィルスが猛威を振るい、世界でパンデミックが起きた。コロナ禍という非日常で巻き起こる人々の小さな罪。閉鎖された世界、街に人がいなくなり、自由を奪われ、先の見えない不安と死への恐怖。数年前(2019年~)にほんとに起きたことなのだが、日常に戻った今読むと、あの頃の息苦しさが再び思い起こされ、ウイルスよりも人の怖さに恐怖した記憶が蘇る。Covid-19、ロックダウン、ソーシャルディスタンス、クラスター...毎日メディアから流れてくるコロナ情報や感染者数に不安を煽られたり、悲しいニュースにやるせなさで落胆したり。現在コロナ前と変わりない生活が戻りつつも、やはりコロナ禍で意識を変えさせられた事が多い。コロナ禍で環境もがらりと変わってしまった人も多かったと思う。職を失ってしまった人や価値観の違いで家庭内や社会の人間関係で思い悩んだ人々も。。ストレスの鬱積が他者や自己に向けられた時の恐怖が何より怖かった。
本の感想とは脱線気味かもしれないが、読んでいくうちにじわじわ追い詰めらていく得体のしれない恐怖を感じたのです。一話一話は強烈なエピソードではないのですが(なので忘れてしまうでしょう。ごめんなさい)、鬱屈された世界を描く1話から徐々に仄かに希望をもたらす6話までなだらかに流れていく。さりげなく描かれた短編集だけど全体を通して読むと、まさに正体が見えない恐怖にゆっくり浸透されていく中、先の見えない世界でも明るい未来があると信じて生きる強い力や人間愛も感じられたのです。一穂さんの短編は良いですね。