みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『灯台からの響き』 宮本 輝

 

おすすめ ★★★☆☆

【内容紹介】

板橋の商店街で父の代から続く中華そば店を営む康平は、一緒に店を切り盛りしてきた妻・蘭子を急病で失って長い間休業していた。ある日、分厚い本の間から妻宛ての古いはがきを見つける。30年前の日付が記されたはがきには、海辺の地図らしい線画と数行の文章が添えられていた。差出人は大学生の小坂真砂雄。記憶をたどるうちに、当時30歳だった妻が「見知らぬ人からはがきが届いた」と言っていたことを思い出す。なぜ妻はこれを大事にとっていたのか、そしてなぜ康平の蔵書に挟んでおいたのか。妻の知られざる過去を探して、康平は旅に出る――。市井の人々の姿を通じて、人生の尊さを伝える傑作長編。

【感想】

友人から本を読めと言われ、本を読み始めた康平。常連客の老人から勧められた森鴎外の『渋江抽斎』が康平の人生には欠かせない一冊となる。『渋江抽斎』という本は渋江抽斎に心惹かれた鴎外が、交友関係、趣味、性格、家庭生活、子孫、親戚にいたるまでを克明に調べ、生きいきと描きだす鴎外史伝ものの代表作だそうです。1人の歴史を調べるには関わる登場人物だけで膨大な数になり、またその一人ひとりの生きた歴史を調べ、それぞれの生き方に依り、1人の歴史が作られる(史伝を書くって、並大抵の事ではないね)

康平は謎のハガキをきっかけに灯台巡りをしながら、妻の過去を探す旅に出ます。「蘭子の死によって、蘭子は俺のなかで真に生き始めた」。。この感覚がとてもよくわかる。。旅の最後には普段一緒にいた時は平凡に見えた妻の素晴らしさを知る事となる。栄光や名誉があるわけではない。奇跡が起きたわけでもない。ただただ優しさがあった。近くだと見えにくいけど、少し距離を置くと真の姿が見えてくる。まさに蘭子は威武堂々たる灯台そのものです。

随所に書かれている康平のささやかな幸福論が好きです。ハードルの選手だった娘は記録は出せなくても東京で一番ハードルを跳ぶ姿が美しいと目に焼き付けたり、仕事後のぬるい焼酎お湯割りを飲みながら妻と世間話をしてる瞬間だったり、枯れた花がもうダメかと諦めかけたら、鮮やかな緑色の芽を出したり、、人生は目をみはるほどの幸福に満ち溢れている。

「人生には、口をつぐんで耐えつづける日々があり、ささやかな幸福の積み重ねがあり、慈愛があり、闘魂がある。」

素敵なメッセージです。