みみの無趣味な故に・・・

読書感想、本にまつわるアレコレ話。時々映画、絵画鑑賞の感想も書いてます。

『羊は安らかに草を食み』 宇佐美 まこと

 

おすすめ ★★★★★

【内容紹介】

認知症を患い、日ごと記憶が失われゆく老女には、それでも消せない “秘密の絆" があった。八十六年の人生を遡る最後の旅が、図らずも浮かび上がらせる壮絶な真実。

過去の断片が、まあさんを苦しめている。それまで理性で抑えつけていたものが溢れ出してきているのだ。彼女の心のつかえを取り除いてあげたい。アイと富士子は、二十年来の友人・益恵を “最後の旅" に連れ出すことにした。それは、益恵がかつて暮らした土地を巡る旅。大津、松山、五島列島...満州からの引揚者だった益恵は、いかにして敗戦の苛酷を生き延び、今日の平穏を得たのか。彼女が隠しつづけてきた秘密とは? 旅の果て、益恵がこれまで見せたことのない感情を露わにした時、老女たちの運命は急転する。

【感想】

二十数年前に俳句教室で出会った益恵、アイ、富士子は少女のように名前で呼び合い、仲良く過ごしてきた。朗らかで和やかな老女たちの旅路には不安と期待が入り混じる。各地の風土や自然に触れ、懐かしの友との再会により、益恵の過去が少しずつ明らかにされていく。旅と交互に綴られる終戦後の満洲時代が過酷で壮絶。11歳の益恵は家族を失い、孤児として生き抜き、故郷に帰る為に闘った日々。飢え、病気、殺戮、綺麗事では生き延びることはできない。戦争の悲惨さが充分伝わる満洲時代だけでも、凄い物語なのに、帰国した益恵の人生も凄まじい。彼女が生涯抱えていた秘密に迫っていく頃には、アイと富士子と同様にグイグイと引き込まれていく。秘密を共に抱えていこうとする強い絆と老女たちの友情には驚きと感動を覚えます。少し笑いも(殺ったるわと意気込む老女たちの殺意には笑ったな)。。アイと富士子にとっても、人生の仕舞い方を見つける事ができた旅。刻々と不自由になっていく身体、失われていく記憶、子供たちとの距離感、かけがえのない友との残された時間、人生の整理の付け方、時間が指から溢れていく砂のように、あっという間に失われていく年齢。この貴重なひとときを笑い合いながら過ごせる友達がいるのは素晴らしい。記憶を失うってとても怖いようだけど、壮絶な過去は忘れて、楽しかった思い出や大切な人や友達を忘れずに柔らかい時間を過ごせていけるなら、幸せな事なんだと思う。人生の片付け時...その時に前を向いて生きる人々。「別れる事を悲しむより、出会った事を喜びましょう」って言葉に胸が熱くなり、じんわりと余韻が残る物語でした。