おすすめ ★★★★★
【内容紹介】
死、狂気、奇異が棲みついた美しくも恐ろしい十の「残酷物語」
【感想】
「残酷」という言葉からは耐えがたい苦痛で精神的に追い込まれ、打ちひしがれてもなお追い込まれる。という痛めつけられる印象だけど、十のお話は独特で、どことなく優雅な雰囲気が漂い、静かで美しい得体の知れない世界に知らぬ間に足を踏み込み、ふと気づくと恐怖の中に身を置かれているような。。そんなひっそりとした怖さがありました。
気になる物語と印象的な言葉を選んでみました。
「刺繍する少女」
母がいるホスピスで僕は子供の頃に遊んだ少女に再会、彼女は虫を一匹一匹つぶすように刺繍をしていた。
「小さな小さな針の先だけに自分を閉じ込めるの。そうしたら急に、自由になれた気分がするわ」
(死と美しさが纏う話。自由は惹かれるけど危うい。)
「森の奥で燃えるもの」
収容所へようこそ。登録係に左耳の奥にある「ぜんまい腺」と呼ばれるひんやりした物体が抜かれる。森の奥で燃やされる無数のぜんまい腺。
「長い旅をして、ようやくここへたどり着いたことを忘れちゃいけない。...(中略)....遠い場所の記憶に邪魔されては、ここで暮らしてゆけない。時間というものが、懐かしいか?」
(すごい独特で不思議な世界だった。足を踏み入れたら、戻れない。)
「ケーキのかけら」
うら淋しい高原にある古びた家に二週間泊まり込みで片付けもののアルバイトをするわたし。そこには王女さまが住んでいたの。盛大な婚約発表の記者会見の思い出に浸る王女さま。
「カメラのフラッシュがたかれるたび、ボンっていう音が恐かった。自分な内臓が破裂したんじゃないかって、心配になるような音だったの」
(まさに狂気の世界。王女さまと思い込む女性の優雅な記憶。二泊が限界かなぁ。圧迫感に襲われそう。)
「図鑑」
図書館で寄生虫の図鑑を眺めてから、不倫相手のマンションに通う女性。
「寄生虫の暮らしについて、考えたことある?」
(ないです。寄生虫化する彼女のお気に入りはムササビの大腸の標本。丁寧な描写にゾワゾワ。)
「ハウス・クリーニングの世界」
ハウスクリーニング業者が訪れた家には優美で華奢な女性がいた。時折どこかで赤ちゃんの泣き声が。
「汚さの度合いという意味じゃなく、深さの問題なんです。あざのような、刻印のような、侵しがたい存在感を持ってます」
(汚れから住民の人間性が推し量れるか?なかなか興味深い疑問。染みにも思い出があり、忘れ去りたい過去もある。汚れが消えるとたまらない心地よさもわかるわぁ。無数の染み。これは迫りくる怖さがあった。)
「第三火曜日の発作」
重い喘息を患う女性が病院で出会う男性との第三火曜日の逢瀬。
「空気清浄機の音が聞こえないの」
(このお話は切なかった。空気清浄機の音が「自分の鼓膜のリンパ液に住み着いた昆虫が、うめき声を上げているかのような」不機嫌な音。この描写から彼女の悲しさが伝わる。聞こえない世界は蠱惑的な世界なんだろうなぁ。ふぅ。)
作者の言葉「見えないものを言葉で見ようとしている。現実の常識を疑ってかかっている」
狂気や恐怖にゾワリとするのに浮遊感が続く美しい世界。好きです。
午後のティータイムにのんびり読んでいたい一冊です。