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みみの無趣味な故に・・・

読書、映画、ネット。。。。インドアな日々を書いてます

『生きていくうえで、かけがえのないこと』 吉村 萬壱

読書 ★★★★☆

 

生きていくうえで、かけがえのないこと
 

 おすすめ ★☆

 

「眠る」「出す」「休む」……「触れる」「悲しむ」……「嘆く」「老いる」……「ときめく」「忘れる」……「愛する」「耐える」……「待つ」…「壊す」「祈る」など、、25のテーマを書き記したエッセイ。。

読み終えるのに、、時間がかかった💦。。ひとつひとつに感想を書き、、感銘した言葉をメモし、、恥ずかしながら、、わたしもひとつひとつのテーマに考えや思いを書き記してみました。。という事で、、感想文にしては大長編になってしまいました。。関心ある人はどうぞ。それ以外の人は、さらっと、、か、、スルーしてください。

 

「眠る」

眠りとは、どんな人間も大真面目に取り組む。不真面目であったり、邪な考えを抱くはできない。
《感想》休眠。。若い頃は自然と時間の許す限り、、眠りという自然現象に身を委ねた。。子育て時は、、眠れる時に、、寝て、、体力温存の為に体を休める。。今は、、、健康を考え、、眠る事に努めないといけないが、、残り僅かの人生を楽しむために、、夜更かしという危険な行為をしてしまう時もある。。確かに「眠る」というのは誰もが共通して、、真面目に取り組んでる事。。考えもしなかった。。

 

「食べる」

切羽詰まったもののような気がする。まず飢えないこと。美味い不味いの前に飢えない、この前提を忘れた頃、飢えの時代を迎えるに違いない。
《感想》食べる事を楽しめるのは、、最大の幸せだと思う。。明日生きる為にだけ食べる。。というのは、、「食べる」意味の本質なんだろうけど、、一つ一つの食材の味、色、食感、鮮度、、全てを常に楽しめるひととき。。そこに贅沢さが、加味されていそう。。

 

「出す」

負の感情の出口がないと、人間は危ない。。ものを書くことにより、自分を「出す」。。ものを書く時は、どんなに孤独でも孤独すぎることはない。。。
《感想》わたしは、、あまり人に対して「出す」行為はしなかった。。その反動なのか、、日々のなんて事ない、、わたしの日常をSNSで書くことにより「出す」事をしている。。喜怒哀楽、、心の変動を書き出す事により、、危険区域から飛び出す事をしているんだ。。なるほど。。

 

「休む」

日本人は、「何もしない」ということにが不得手なため、休みの日に何もしないのは「勿体無い」と思う傾向がある。でも精神的に大きな喪失感、打ち砕かれた人は回復するまで「休んでください」という言葉にも傷つく。休めず、眠れず、真の無為になる。休むという最も簡単なことが、、人間にとっては限りなく難しい。
《感想》働き過ぎの日本人の休む恐怖ね。。旅行は4日目から本当の休息になると、、聞いたことがある。。1泊2日は休みではない、、「旅行」という仕事をしていることになる。。観光地を巡らず、、ただホテルで堕落した生活をしてみたいが、、やはり貧乏性?見たいし、食べたい、体感したいという欲望に負けてしまう。。。

 

「書く」

文字を書く。。書かずにいられない「ハイパーグラフィア」という病気。。
《感想》文字、、苦手。。人に見せられない。。文字に自信があったら、、日記帳に書いてたかなぁ。。パソコンより、、慎重になるね。。失敗できない。。緊張感。。何事も丁寧に行動する。。それを学べそう。。だけど、、書けない。。

 

「触れる」

手で触れることで、、不快、違和感がある時、、がさつな手になっている。。逆に触れることで、、全てが優しく応えてくれるような時がある。。身体を介して触れ合うことには、、巨大な意味がある。。
《感想》わたしは、、人を触るクセがある。。この癖は相手によっては、不愉快に思われたり、、意識されたり、、仲良くなったり、、と様々な対応をされる。。触られること、、考えてみると、、愛を感じる触れ合いが多い。。怒りの感情で触れられた事が少ない人生。。とても幸せだなぁ。。

 

「悲しむ」

子供の頃に野良犬の仔犬を友達に勇気を誇示したいがばかりに、、高台から投げ捨てた著者。。虐待される動物を悲しむ資格を失った。。
【感動】悲しむためには、、何か自分の中に純粋なものが必要。。人は大なり小なり罪人。。そして悲しみは避けて通れない。。せめて躊躇いなく悲しめるようになりたい。。
《感想》喜びを得るためには悲しみは不可欠な感情。。ただ、、不幸により強制的に陥る背負いきれない悲しみから、、再出発し、、喜びに繋がることへの、、精神的体力的に脅威なパワーが必要だと思う。。恐ろしい。。


「喜ぶ」

動物は「歴史」がなく、、「今、ここ」を生きている。。過去のことを忘却してしまう。。人間は消せない記憶があり、、どこまでも「憂鬱と倦厭(けんえん)」から逃れられない。。過去だけではなく未来の心配をしている。。動物のように、、「今、ここ」を純粋に喜べるようになれるのか。。
【感動】著者の飼っているウサギのうーちゃん。。仰向けに寝かせると、、数秒意識不明になり白目を剥く。。本能的反応。。肉食獣には無駄に抵抗して苦痛を増すより即刻気絶して進んで楽に死んでいこうとする。。捨て身の生き様。。
《感想》悲しみは心乱れる。。喜びは心震える。愛犬を見ていると、、喜び悲しみの表情がわかり、、愛犬の気持ちがわかるわたし自身に、、喜びを感じているわけ。。喜びに満ち満ち溢れる日々を与えてくれる。。一緒に過ごせる日々を大切にしよう。。

 

「嘆く」

罪を犯した我が子に嘆く親。。全力で真っ当な道に引き戻そうとする。。嘆くとは愛なのかもしれない。。
《感想》嘆くのは、、自分自身にもある。。常にある。。自己愛ということになるね。。人を嘆く事、、自分にはないと思ったが、、、子供には嘆くこともある。。大人の悲しい行動に嘆くこともあるが、、真っ当な道に引き戻そうとするのは、、やはり友達くらいかな。。それも、、最近は無くなりつつある。。大人になっていくと、、そのパワーを家族に費やすしかできなくなってきた。。

 

「老いる」

老いの兆候、、怒りっぽくなる、、探し物をする、、人の名前が出てこない、、他人の悪い行為に対して怒りを抑えられない、、人の話を聞かず、、何度も問いかける。。。
《感想》以前、高齢の男性に、道を譲ったら、舌打ちされてしまった。。すでに、、彼の中ではわたしが障害物なのであろう。。ちと落ち込むが、、老いというのは、、止められない脳の発信がある事もあるのだ、と、、そういう原理を考えてみれば、落ち込みも軽くすみそうだ。。。人間は1秒毎に老いてるんだから。。

 

「読む」

著者が本を女性に例え、読んでいることに、、面白みを感じた。。ニーチェの「真理は女である」
《感想》わたしの人生において、、読んだ時間が、冊数、文字などを数字化すると、、、いつか考えてみる。。読む事は、呼吸をするのと同じくらい日常化されている。。(本だけでなく、新聞も雑誌も参考書も手紙も子供たちのプリントもSNSも)、、読書により、話す、書く、出会うことを最近、、体験した。。思わぬご褒美が舞い込み、、人生に少しだけ彩りが出てきた。。。

 

「見る」

網膜から入った光情報のうち、大脳皮質の視覚野に到達するのは3%に過ぎず、あとの97%は脳自身が作り出している(池谷裕二『進化しすぎた脳』より)
世界のありのままを見るのではなく、見たいものだけを見ている。脳の中ではなく、心の目で見てみたい。
《感想》強制的に見たくないものを見てしまったときの忘却作業の速さは、、自分に感心する事がある。。。でも忘れられない物もある。。そこには関心と恐怖が含まれているのであろう。。意外に喜びの記憶は、、薄れているような。。。
自ら足を運んで見るもの(景色、絵画、夜景などなど)大自然を見るという欲望の反面、、見過ぎると恐怖に陥る事がある。。脳で畏怖を感じ、、目を逸らす行為をしてしまう。。とは、、こういう事なのかな。

 

「聴く」

音楽を聴く。。心の余裕さがさせる行為。。被災者は音楽を聴く余裕はない。。何もかも失った街。。無音の世界で体全体を耳にし、、周囲の音を聴きとらなければならないから。。
《感想》音はいつでもどこでも、、生活の中で自然と耳に入ってくるもの。。耳慣れていることなので、、意識をした事がない。。
自然の中の音(風、水、木々の揺れ、動物など)の心地よさもあるが、、恐怖もある。。なのに惹かれ、、聞きに行きたくなる。。都会の喧騒より自然の方がいい、、と実は思っていない。。あんなに怖い音はない。。

 

「ときめく」

著者の弟曰く、、「言い表しようがないこと」「認識的性質」(知識や啓示がとたらす)「暫時性」(長続きしないこと)「受動性」
《感想》ときめき、、、わたしは人よりしてると思う。。単純だから。。

 

「忘れる」

人は自分の中の記憶を加工し、忘れ続け、、覚え続ける。。それが生きていく。。大きな災厄、、人は「忘れません」と口にする、、、死者は「忘れてください」と言っている気が。。。忘れながら、いつまでも覚えている。。それが共に生きていくこと。。
《感想》わたしの中の「忘れる」は、、言葉を忘れる。。物を忘れる。。動作を忘れる。。危機感を伴う。。。でも、、人間はとても都合良くできていることに気づく。。記憶の加工。。10分前の事も、、既に加工されて留められているのだろう。。だからこそ、、生きていける。。これはとても大事な事。。強い痛みほど、、忘却作業をしていく自分の脳の機能性を褒めなくては。。。

 

「働く」

人の役に立つとは、、どういうことか。。「人な役に立ちたい」という希望の裏で人の役に立たなければ存在価値がないという強迫観念。。世の中には、思いがあっても働けない人、、一方的に人の世話にならなければ生きられない人、、そういう人たちに存在価値がないとする社会への悲観。。いずれロボットに取って代わられる労働。。仕事が見つからず後ろめたい人の方が未来を先取りしている。。
《感想》存在価値を求める人間性。。自分が存在をしている事を、、誰かに知っていてもらいたい。。。そこに孤独からの脱却を求めているのだろうと。。永遠のテーマになるだろうな。。働きと存在価値。。。

 

「癒える」

社会に出るための電車。。降りてみることで、、何の作用も受けず、時間とともに自らの性質により静まり癒えていく可能性があるのでは。。
《感想》わたしは降りたのだろうか?社会という電車から。。癒えてるだろうか?深く考えてみても、、まだわからないのは、、本当の「癒し」を体験した事ないのかもしれない。。

 

「愛する」

【感動】誰からも愛されるず、誰も愛さず、自分すら愛せない状態に思えても、、あたりまえに生活していくだけ、、生活し、観察し、触れる。。すると育っていく何かがきっとあるような気がする。。「自分にとって、、あれが愛だったんだ」と気づく。。
《感想》愛、、、人生において、切っても切れないもの。。男女の愛、、家族の愛、、動物への愛、、友との愛、、自己愛。。そう考えると、、わたしは愛に溢れていると思う。。

 

「耐える」

【感動】自分の力ではどうしようもない状況に、、ひたすら耐え続けること。。見事な生き方。。何かに懸命に耐えてる人は、、日常の営みに莫大なコストがかかっている。。耐え忍んでいる時、、人はそんな自分の姿が美しいと思わない。。しかしそれは美しい。。
《感想》これは共感した。。傷つき、、耐える姿に、、わたしは不謹慎ながら神々しく思えた事がある。。。とても口では言えないけど、、本当に感じた事だから、、、その感情を読んで思い出した。。感動。

 

「念ずる」

社会が目まぐるしい速さで進んでいく。。その波に呑まれ、信じて望んでいないものの出現をいつの間にか念じてしまう自分。。無責任な存在である。。
《感想》念か、、、祈りとは違い、、怖いイメージがある。。怨念、執念、疑念、雑念、信念、、など、、思いつめた感じ。。。

 

「待つ」

相手の成長を望むのであれば、、相手の中にある力を信じて待つこと。。
《感想》わたしは、、待つのは得意。。諦めず、、信じてます。。

 

「憎む」

最も嫌いな人間は、、自分の中で生き続ける。。自分自身の暗部が具現した存在だから。。著者の暗部(他人の個人的領域に踏み込み過ぎ、、相手に赦してもらおうとする身勝手な甘え)
《感想》憎み、、とても負のエネルギーを使う作業だと思い、、体力のないわたしは、、あえて、、避けて通っている。。。ただ、、嫌いな人は一貫して、、嫌いである。。わたしの中でどうしても許せない行為をする人は、、好きになる事が難しい。。

 

「見つめる」

頭の中の思い込みから自由になること。。「夕焼け」を見て、、頭の中の既知の夕焼けを思い浮かべ、、なぞるだけで済ますのは最も楽。。見つめるのは未知なる世界を堪能できるが多大なエネルギーを要する。。見つめ続けるとは、、危険な行為。。向こう側に行き、、戻ってこれない、、死の時。。
《感想》クラゲを見つめ続けると、、死に向かうと、、ある人に言われた。。幻想的世界を見続けると、、非日常に足を踏み込み、、戻る事ができなくなるのかもしれない。。見るとは、、とても安易で楽な方法だとわかった。。

 

「壊す」

壊し続けた著者。。物を乱暴に扱い壊し続けた。。人間関係までも。。小説でも、、人を壊し尽くしても、、足りないようだ。。破壊、、、石を壊さない限り、、宝石は生まれない。。
《感想》娘が、、可愛いとつい壊したくなると昔言ってた。。自分の心の奥底に近づき過ぎてしまった物や人を突き放すというのは、、壊すという事なんだろうなぁ。

 

「祈る」

大切な人を失った人。。それは全世界の崩壊に等しい。。平穏無事な生活を暮らしても、次の瞬間に絶望の淵に突き落とされる。。否応なしに祈る。。
真の祈りは届かない。。絶対者は応えてくれない。。自分には絶対に曲がりきれないカーブ。。その向こう側は、、人智を超えた領域である。。
《感想》祈ることは、、唯一、、相手の許可なく相手を想う行為だと、、思う。。押し付けることもなく、、気づかれることもなく。。

 

全てを読み終えた時、、すごく疲れた。。(このレビューを読んでくれた人が、、一番疲れたでしょう。おつかれさまです)


あとがきの著者のコメント
「テーマを決めて書くのは、難しくもあり面白くもあった」
確かに。。面白かったし、、今の自分を見直す事ができました。